必然的にピンチをチャンスに変える方法

ピンチをチャンスに変える黄金法則

 

こんにちは、池田です。

チャンスって誰もが掴みたいものですが、
日常的に転がっていてものなんです。

そして実は意外な場所にもあります。

それは他でもない、

ピンチ

な時にも転がっています。

 

よくピンチをチャンスに変えろって聞くと思いますが、

「そんなこと簡単にできない」
「ピンチはピンチだ」

って思いますよね。

チャンスを掴むためには
ピンチをチャンスに変えることも大切です。

必然のようにピンチをチャンスを変えるためには

“人を巻き込むビジョンと人望”

があることが黄金法則です。

 

今回はピンチとチャンスについて話していきます。

 

NIKEの誕生秘話

 

NIKEのシューズアドバイザーもやっていたこともあって、
一人の男を紹介します。

NIKEの創業者ナイト

オレゴン州にユージーン市というところで、
NIKEは創業しました。

彼はオレゴン州大学の陸上部の選手で、
オリンピック候補でもあった。

ところが、思わぬ怪我でオリンピックを断念することに

それから彼は大学院に行って、経営学を学ぶわけですが
当初、修士論文のテーマとして、
日本の”ニコン”とドイツの”ライカ”を比較するため来日していました。

元陸上選手が故に、
現在のasicsである「オニツカタイガー」製の
靴に魅了されてしまう。

アメリカで売ること決意。

さっそく、創業者からアメリカでの販売権を得ては
ワンボックスカーに載せて全米を売り渡る。

ところが、商売はそんなに甘くない。

お互いの方針がすれ違い…。

そこで裁判になった。

結局ナイトが勝ったんだけど、
オニツカの靴が売れなくなってしまったんですね。

すると、大学側が

「だったら靴を作ればいいじゃないか」

と、大学の教授陣や陸上部のコーチたちと協力して
NIKEの原型ができた。

同時にロゴが必要ということで、
ナイトが非常勤講師をしていた大学で募集しました。

NIKEのマークはデザインを専攻する女の子が募集してきて
35ドルで買われた。

今では何千億のLOGOになのに…笑。

ちなみにあのデザインは、
炭酸の”シュッ”って音
をイメージしたものらしいです。

創立後もオレゴン州のユージーンには、
飛行機の格納庫の何倍の大きさの施設をバンバン建てていて、
3次元のビデオカメラとか機材がたくさんある。

「儲けを全て研究に費やせ!」

というのがナイトの考え。

誰よりもアスリートのことを考え、ユーザーのためを考える。

この消費者側に寄り添う姿勢を貫いているのが
NIKEブランドの人気の秘訣。

色々困難があっても、
必然のようにピンチをチャンスにできるのは、

彼には人を巻き込むビジョンと人望

があったからです。

ピンチがチャンスになるのか?

ピンチが大チャンスになるのか?

その時の運もあるのかもしれませんが、
その人の日頃の行いによって変わります。

世のため人のために行動することによって
自分が困ってる時に助け舟としてチャンスは訪れます。

以上のことを常に意識して
生活していくことで人生がより良くなっていきますね!

 

それでは!

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